前回の記事(「他人は神様じゃない!」)でコメント欄にネタになりそうなご質問を頂いたのでそれについての返答を予告していたのですが、書こうとすると意外に長くなりそうな気配な上、今日の仕事が予想外に長引いたため(今はフル○職ではありません…)に返答を前後半の2記事に分割したいと思います。
一つ質問なのですが、
他人に意識がないというのは、
本当にないのでしょうか?
それとも確認しようがないから、そういうことにしておこうということでしょうか?
自分の認識だけしかないのなら、例えば前記事で仰っていた、身バレの心配なども全くする必要が無いと思うのですが… 他の人にも意識があると思っているからこそ身バレを恐れているのでは…?それとも身バレ云々はジョークだったのでしょうか)
今回はこの前半部分です。
>他人に意識がないというのは、
>本当にないのでしょうか?
>それとも確認しようがないから、そういうことにしておこうということでしょうか?
当然、私にも意識はありますし、皆さんにも意識はあります。ただその意識が創造する各世界に対して干渉してくる他人の意識は存在しないという意味です。
意識とは五感で感じているこの現実で(その五感すらも本来の意識<別の領域>が創り出したもので、五感がなくとも現実は存在はしますが、あえてここでは流れをわかりやすくするために)、それは今この瞬間あなたが見ているその視界のアングルやら聞こえてくる騒音、匂ってくる服の臭いなどの組み合わせであって、それは唯一のものであり、それこそがあなたの世界そのものなんです。そこに他人の意識(視界のアングル、他人が聞いている音、他人が嗅いでいる臭いなど)は介在しようがないのです(俺の視界は同時に2画面を映し出しているぜという方、あなたは既に人間を超越した存在です)。つまりあなたの意識(世界)の中ではあなたのみが創造主(意識を持った存在)で、あなたの世界を創造できる他者の意識は存在しないわけなんです。
同様に他人のAさんにも意識の主体世界があって、そこではAさんが創造主なのですが、ただそのAさんの世界は別のBさんの主体世界と同じ次元には存在せず、干渉し合うことはありません。つまりAさんの世界ではCさんがニートであっても、Bさんの世界ではAさんの世界(意識)が介在することがないためにCさんがニートであるとは限らず、フリーターであったりもします。
なぜお前にそんなことがわかるんだとお思いでしょうが、実は私の1つの主体世界の中だけでも多次元世界的な感覚を認識することがあったからなんです。
私はもう既婚者ですが、それを忘れてあえて結婚を例に出しますと、結婚をする前から結婚した自分と独身の自分の両方の世界が同時に存在していて、どちらかの世界に自由に乗り込めるような感覚です。しかし選ばなかった方も確かに存在はしたままなのです(確かどこかの達人も似たようなことを言っていたはずなんですが、ずっと思い出せません)。つまり私の主体世界の中だけでも世界が幾層かに同時に存在していたわけなんですが、それ以上の話はまたややこしくなるのでおいて置くとして、とにかく他人の意識は存在しないとの言葉は上記の意味合いから発したものございました。
ということで今日は一旦、区切ります。また宜しければバナーをポチってください。