意図

達人という名の島崎藤村!?

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うまい棒昨日、朝鮮半島で歴史的な南北首脳会談が行われました。一国の首脳2人が手を繋ぎ、軍事境界線を挟んで大縄跳びをするという光景は、まさに歴史的な珍事でありました。しかし、そんな南北平和ムードに水を差すかのようなきな臭い噂が韓国のネット上で囁かれていました。何とこの会談に姿を見せた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が実は影武者であったという噂です。金正恩ウォッチャーらによりますと、鼻の形や額の皺の数などが違うということで、私も気になってテレビやネットで彼の肉まん顔を詳細に観察してみましたところ、これは完全に黒だという結論に至りました。つまり、明白な影武者でありました。

2月の平昌五輪でアイスホッケー会場からつまみ出されて以降、彼の消息が途絶えたことを深く案じていたのですが、とりあえず命だけは助かったようで安堵いたしました。どうやら、

政治的過ぎる顔

のために北朝鮮側も高射砲の的にすることには躊躇があったようで、生命と引き換えに影武者になることを強要したと思われます。首脳会談での彼のまばたきはモールス信号との類似性を疑わせるものがあり、専門家による彼の声なき声の一刻も早い解明が待たれます。

さて、前回のお悩み相談で、筋トレを例に潜在意識の作用みたいなものをお話ししたのですが、今回は私が想像する達人像から、彼らが潜在意識とどう付き合っているのかを推測でもってお話ししたいと思います。

そこでまず一つ皆さんにお伺いしたいのですが、何かしらの理由でちょっくら筋肉をつけてみようかと思い立った時に、潜在意識を活用しようなんて思いますでしょうか? もしかすると、中にはそのような猛者もいらっしゃるかも知れませんので、例示を変えてみましょう。コンビニで『うまい棒』を買おうとしたとします。その時に、「よし、アファメーションをしよう」とか「思考を観察しよう」なんて気になりますでしょうか?  もし「俺はなるぞ!」と思われた方、あなたの廃人レベルは既にステージ4に達していますので、当ブログではこれ以上処置の施しようがありません……。


おそらくほとんどの方は、何の気なしにコンビニに入って、もしそこにお目当ての味のうまい棒がなければ違う味を買ったり、または別の店に移動したりとあまりその現実に重要性(不足)を見出さないかと思います。そこには買えた、買えなかったという大きな喜怒哀楽は発生せず、何事もなかったように思考が他の事柄に移っていくはずです。

しかし、その後には結局お目当てのうまい棒が手に入ったり、またはもう食べたいとは思わなくなっていたりと、収まるところに収まっていきます。そこに思考の抵抗はありません。自然に目の前に展開されていく世界に身を委ね、思考を含めて全てが自動で動いているような感じです。つまり、現象をただ現象と受け止めているだけのニュートラルな在り方なのです。世界と自分が溶け合っているような、いわゆる「自分=世界」の一つの側面なのです。

しかし、私たちは何か大きな願望を持った時に、そのまま世界に身を委ねることに不安を感じ、それに抗い自分で何か(スピリチュアルを含む)をやろうと構えてしまいます。そして、この何かをやろうとしている「自分」が、世界から分離していると強く錯覚したエゴ(個人)というやつなのです。

願望とはそもそも生まれた段階では意図であり、その意図さえも自分が意図したものではなく、世界の流れにおける一つの現象として表れてきたものです。つまり、次にこんな展開がありますよと私たちに伝えてくれる世界に組み込まれた予告編みたいなものです。しかしエゴは、その意図を願望という不足に転換し、世界の潮流を変えてしまうのです。

ですから、そのエゴに気付くということが重要なのです。気付けばニュートラルに戻れるわけですから、願望も意図に戻り、世界も元の流れに戻っていきます。そもそも、世界の流れに抵抗しなければ「気付く」というメソッドをかます必要もありません。達人と崇められている人たちは、スピリチュアルや潜在意識を活用しようという発想すら出てこないのです。世界に対してごく自然体なのです。文学史でいえば島崎藤村(自然主義)なのです(?)。それは達人の世界(=自分)に対する絶対的な確信や信頼感がそうさせるものですが、彼らはうまい棒を買いに行く感覚で願望を手放せて(意図して)いるのです。

当然、皆さんは願望をうまい棒感覚に扱うことにはまだ抵抗があるかと思います。今回はただ、私なりに達人の目線を紹介してみただけですので、漠然とフィーリングだけを受け取って頂ければと思います。

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