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アルファポリス

願望実現「Mr.長嶋(感覚)」編

「現実」と「ラブライブ!」~小泉花陽生誕祭に寄せて~

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妄想数日前にツイッターで「#小泉花陽生誕祭2018」というハッシュタグがトレンドになっていましたので、それに便乗してブログを宣伝しようと、どういう方か存じ上げていなかったのですが、お祝いの言葉を呟きましたら、ツイッターを始めて以来、初めて「いいね」を頂きました。知らない方にご説明いたしますと、小泉花陽さんはアニメ「ラブライブ!」の登場人物でありまして、上から82、60、83のショートカットの可愛らしい15歳の高校1年生です(オフィシャルサイト参照)

 

彼女の誕生日が昨日で、その前日から生誕祭が行われていたそうです。つまり、私に「いいね」をくださったのは俗に言う「ラブライバー」の人たちで、アニメファンというのは縄張り意識の強い閉鎖的な集団だという私の勝手な偏見を見事に打破して頂きました。ラブライバーのみなさん、ありがとうございます。ということで、記事にラブライブというビッグワードをねじ込み、ラブライバーな人たちをおびき寄せ、アクセス爆増大作戦に打って出てみたのですが、結果はどうなることでしょうか。

そういえば、その昔、漫画「あしたのジョー」の人気キャラ、力石徹が主人公の矢吹丈との激闘の果てに落命し、それを悲しんだファンのために出版社が葬式を営んだそうですが、実在しない人物の誕生日を祝ったり、またその死を悲しんだり、アニメ(漫画)に興味のない人たちからしてみますと、その情景がどうも滑稽に映ってしまいます。

では、実在とはどういうことでしょう。学術的に厳密な定義ではなく、我々が漠然と解釈している実在という言葉の意味を人間に適用しますと、肉体や自由意志を所有しているといったところだろうと思います。滑稽に見えてしまう原因は、触れない、意思疎通ができないといった対象に対して、アニメファンの人たちが現実的なアクションを試みているということかと思います。つまり、妄想だというわけです。

しかし、我々が実際に見て感じているこの現実や他人は本当に実在していると断言できるのでしょうか? 触れて、見て、話せれば、おそらく私たちはそれを人と定義するでしょう。その過程を辿れば、触れる、見る、話すなどは全て五感を介して行われ、その五感は脳内で感知されます。そして感知されたものを記憶(エゴ)で咀嚼し、目の前の物体を人間と定義します。私たちはエゴによって、音声の出るただの肉塊を都合よく人間と認識しているわけです。認識の処理は脳内を出ることはありません。言ってみれば妄想なのです。

人間のみならず現実の事物や現象も全て妄想なのです。エゴという自動プログラムが作動し、不足充足を問わず、見たいように現実を見ているだけです。現実に起こる事象は本来、自分も含め、ただあるだけです。エゴがそこに勝手に属性や意味を与えているだけなのです。その属性や意味付けが気に入らなければ、そのエゴに気づけばいいのです。そこでプログラムを停止し、新しくプログラムを入れ直せばいいのです。そうすれば、その新しいプログラム通りに現実が作動していくのです。

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