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アルファポリス

願望実現「Mr.長嶋(感覚)」編

「実現」はタイムラグを知らない!!

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太鼓最近は専らメニューが手書きっぽい店にしか飲みには行かなかったのですが、先日、久しぶりに「酔〇伝」という居酒屋チェーン店にお邪魔いたしました。新進セレブの私の舌が肥えてしまったせいか、何だかコンビニの駄菓子を食している気分になり、『うまい棒』『蒲焼さん太郎』の方がまだ味に深みがあるのではないだろうかと疑うほどでした。値段を考慮すれば妥当というところでしょうが、扉付きの下駄箱なのに施錠ができないとは一体どういうスタイルなのでしょうか。

 

それにしてもチェーン居酒屋というのは他との差別化を図るためか、やや理解に苦しむ趣向を凝らしているもので、この酔〇伝では客が入店してくる度に店員が店内に設置してある太鼓をドンドンと叩くのですが、

PRIDEの高田延彦かよw

と、本社にクレームを入れたくなるほど耳障りでありました。私の高度なツッコミを理解できない方は、「ふんどし 高田延彦」でヤフってください。

クサすだけでは気も引けますので、あえてチェーン店の利便性に言及すれば、特筆すべきはその提供の速さでしょう。だし巻き玉子などは作り置きをチンですから、注文してからのタイムラグを極限に圧縮することができます。

そのタイムラグの少なさは、まさに我々がスピリチュアル業界において目指すべき姿と言えます。私たちが普段イメージする達人像の一つに、このタイムラグの少なさが挙げられます。ですので、今回はそれについて書いてみたいと思います。

タイムラグとはそもそも何についてのタイムラグかというところから始めますと、言うまでもなく意図から現象化までのことであります。そして、ほとんどの人がこのタイムラグに苦しめられていると言っても過言ではありません。いつも「まだかな、まだかな~♪ 現象化のおばちゃんまだかな~♪」と顔を引きつらせて歌っているのです(イミフな方は「学研のおばちゃん」でヤフりましょう)。結論から申しますと、タイムラグという発想自体、タイムラグを増長させることになるのです。

現象化を待つということは、現実によって自分の在り方が縛られているということです。それはつまり、現象化しなければ実現とは認めないという不足の(叶っていない)在り方なのです。

俗世とは違ってこのスピ業界では「現象化」と「実現」とは峻別されています。現象化とは「現実に物理的現象として望んだ状況が展開される」ことですが、実現とは「それが叶ったと内面で許容した」ことを指します。そして、この実現とは本来、何にも縛られないものなのです。

例えば、年来欲しかったものをヤフオクで見つけたとして、それを落札した時点で実現を許容するせっかちな人もいれば、実際に郵送されて手に取るまでは実現を許容しない心配性な人もいます。つまり、実現を許容するタイミングに絶対的な尺度はないわけです。

「【読者のお悩み相談室】~アジャ・コングなのに広瀬すずとは思えない~」の記事と被るのですが、突き詰めれば、現実がどうであれ実現はいつだって出来るということです。私たちが求めているところの「願望実現」とは、現象ではなく、そうなった時の内面の在り方なのです。お金が欲しいわけではなく、お金があることによりもたらされる安心感が欲しいのです。恋人が欲しいわけではなく、恋人がいる幸せな自分が欲しいのです。それは全て内面での現象(在り方)なのですから、心に何かを描くのに条件などはあるはずもありません。わざわざ現実を介入させなくてもいいわけです。

そして、「自分=世界」ですから、放って置けば勝手に実現(内面)が現象化されていくのです。「現象化」→「実現」ではなく、「実現」→「現象化」なのです。あくまでも現実とは内面の付属物であり、達人と言われている人たちのタイムラグが短いのは、既に実現しているため、現実(タイムラグ)による干渉を受けていないからであろうかと思われます。

要は現実化」にタイムラグはありますが、「実現」にはそのようなものはないということです。

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