アルファポリス

「今」にある タイムラグ

過去や未来はどこにあるの? 「今」でしょ!!

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時計皆さま、ご無沙汰です。自分自身でも驚愕しているのですが、1週間もブログを更新していなかったんですね。自分の体内時計では3~4日くらいの感覚だったのですが、管理画面を開いてみると直近の更新が12月7日だったので目が飛び出ました。〇職を卒業するとこんなにも時間が早く過ぎるとは、少し呆然としています。そう言えば例のスピリチュアルブログ界の大阪桐蔭こと『伊勢―白山 道』を運営している人のハンドルネームが「リーマン」らしく、偶然にも私の「(半)〇職」とは対極のネーミングだったのですが、仮にリーマンをやりながら一日も欠かさずあのように毎日記事を投稿しているとなれば、ますます「ヤツは何者なんだ」感が強まってきますね。そのハンドルネームと私の体内時計の短さから、「リーマン」が私のもう一つの人格であるという可能性も出てきましたが……。

まあ、時間が早く過ぎるの「時間」とはエゴ目線な「時間」であって、時間とはあくまでも概念であり、常に「今(この瞬間)」であるということは怪しさ満点のスピ的な話から離れても当然のことだろうかと思います。何をするにも何を考えるのにも「今」からは逃れられません。

エゴ的な過去とは追憶という行為が「今」できるだけでそこには行けません。未来も同様です。ゴ的な目線で言うところの過去や現在や未来は「今」に含有されています。どこまでも地続き(重なっている)です。

3分後のあなたと今のあなたの間に意識の断絶はないわけです。意識がプツリと途切れて3分後のあなたに移ると言うことはありませんね(気絶してましたとかはなしです)。椅子に座ってじっと動かず3分経っても、相変わらず椅子に座っている「今」の自分があるわけです。

エゴ目線の3分前も3分後もずっと変わらず、椅子に座ったままの「今」の自分です。なぜかと申しますと常に「今」であり、その「今」を変えないままずっと椅子に座っていたからです。つまり「今」椅子を立ち上がれば(意図すれば)、瞬間的にエゴ的な未来も椅子から立ち上がるのです。


しかし、健常者なら椅子から立ち上がるという行為自体は一瞬でできるという認識の許容がありますから、タイムラグなく瞬間的に世界もそれを見せてはくれますが、ケツの穴から手が出るほど欲している願いとなると、すぐにそれが世界に現れるということはそう多くありません。

ある程度自分の物理的な認識に沿ったルートから徐々に世界がそれを届けてくれるのですが、「今」そう意図を発した(なった)瞬間、「今」とはエゴ的な過去、現在、未来が重なっているわけですから、エゴ的な未来も含め、もう既に願望が叶った世界になっちゃっているわけです、信じられないかも知れませんが。

未来の自分に期待しないでください。未来とは「今」と同義です。故に「今」の自分を変えるだけです。世界(内面)にエゴ的な時間の論理を当てはめないことです。

 

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