アルファポリス

「自分=世界」

エゴさん困惑の「願望=実現」!!

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給水それにしてもいつまで続くんですかね、この猛暑は。まあ、私は終日部屋に閉じ籠もることも可能なポエムニストであり、愚痴をこぼすに値しない部類の人間ですが、会社にお勤めの方や学生、中でも高校球児らはこの炎天下の中、甲子園の地方大会で生命を賭した戦いを繰り広げているということで、頭の下がる思いであります。何だか世間では熱中症対策で小学生に水筒を持参させるかどうかで議論が湧き起こっているらしいですが、私の子供時分にはここまでの酷暑はなかったので、設置されていたウォータークーラーで十分に水分は賄えておりました。ただ、今思えばなのですが、ウォータークーラーっておそらく噴出口から出てくる量の3分の1ほどしか飲めてないですよね。どうも私はウォータークーラーというヤツに、満足のいく喉越しを提供された記憶がありません。

では、さっそく前回のクイズ「なぜエゴを脱却すれば願望を保持できなくなるのか?」の回答編を行っていきたいと思います。まあ、そんなに引っ張るような内容でもなく、普段から申し上げていることの延長線上にあることなので、あまりに期待の大きい方には拍子抜けされること請け合いであります。

ヒントとして「鏡」を挙げましたが、これはもうそのままで、内面が鏡の如く世界に投影されるという意味での鏡でありまして、その公式を活用すれば、勘のいい方なら自ずと答えが導き出せるかと思います。

【模範解答(東進ハイスクール)

願望を保持しているということは当然それが叶っていないという立ち位置であることを意味します。そして、そんな不足の立ち位置に立つことができるのは、詳細は後述しますが、現実至上主義者のエゴ(個人)のみであります。エゴは真実と崇める現実を眺め、そこから引き出された五感の情報を受けて「ない(叶っていない)」という判断を下します。「ない」故にそれを求めることとなり、願望が保持(維持)されるわけであります。


しかし、そのようなエゴから脱却しますと、意識の軸が現実から内面へと移り「自分=世界」となります。内面の在り方そのものが世界という感覚です。ただ、これに関しては体感は必須ではなく、誰しも例外なくその真理の上に立っていますので、知識として有していれば問題はありません。

内面現象は現実を真実とするエゴにとってはただの想像ですが、「自分=世界」においてはそれが即、真実となります。その「自分=世界」では、どうして願望が保持できなくなってしまうのかは、願望を描くという行為を解析することで理解が容易になります。

私たちが普段、願望を思い描く時、それはもちろん叶う前ではなく、叶った瞬間であり、直後であり、その後であります。すなわち、願望を思い描いた時点で既に内面では在る(叶っている)状態になっているのです。この時にエゴの立ち位置であれば、「既にある」が空想であるとすぐに吐き捨てられますが、「自分=世界」では内面の在り方が鏡のようにそのまま真実(世界)となるため、瞬時に願望が叶ってしまうのです。叶ってしまえば執着(不足)は当然消滅し、願望の持ちようがなくなります。つまり、「自分=世界」の在り方において、願望は願望足りえないのです。これが業界で頻りに囁かれているワード「願望=実現」です。

エゴは現実ファーストで内面を虚構の如く扱いますが、「自分=世界」であれば逆に現実が幻想となります。ですから、その幻想を引き合いに出して、真実である内面の充足を放棄するという滑稽な真似をすることはありません。世界は内面の鏡です。それを意識するだけで、願望を保持することが如何にその実現に対して矛盾した行為であるかはおわかり頂けるかと思います。

以上はあくまでも構造論のお話しですので、「あー、それでもワイは現実に囚われてしまう」と絶望する必要はありません。メソッドと言われているものは全てこの構造をフォーマットとしていますので、実践していけばこの境地に自ずと辿り着いていくものです。

 

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