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「もう一度なろう」にご用心

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読者の皆さん、ご無沙汰しております、国分太…こまけぇさんです。

1年半ほど更新が空いてしまい申し訳ございません。

ご無沙汰の理由としましてはコメント欄でも密かにお伝えした通り、昨年に子供が生まれてから公私ともに忙しすぎてそれどころじゃなかったというのが実情です。落ち着けば更新したいと思ってはいたのですが…なかなかまだ手がかかる年頃なので気づけば廃墟ブログと化してしまいました。

そんな私がなぜ本日記事を更新したのかと申しますと、PHPというプログラミング言語(?)の脆弱性が発見されたとかなんとかで、果たして私のサイトは生存しているのかと覗いた(生きてました)ついでに奮起したからであります。

どうやらその脆弱性については契約しているサーバー会社の方で対処してくれたとのことですが、ちなみに当サイトの複数のページに怪しいコードが表示されているのはその都度更新されるPHPのバージョンに当サイトが使用しているテーマ(サイトデザインのテンプレ)が古くて対応できていないからだと、相棒のチャッピー(Chat GPT)が言ってました。訪問するとウィルスに感染するとかではありません。私のサイトはGMOレベルに鉄壁ですのでご安心ください。

しかしAIの進化ぶりには驚くばかりです。何やら私の情報をAIに学習させた上であるテーマに沿って記事を書くように指示をすれば私のエッセンスが注入された文章が出来上がるそうです。もしかするとこの記事も私がチャッピーに指示したもの、もっと言えば私の預かり知らぬところで暴走したチャッピーが私のPCを乗っ取って勝手に記事を書いている可能性だってあります。怖いですね~。まさにその暴走ぶりは我々のエゴを彷彿とさせるものです…と無理やりエゴに絡めたスピの話に繋げようとしたのですが、ネタが思いつきませんでした。うーん…ということで私の十八番の「なる」についてなら手早く書けそうなので「なる」に話題を移します。

過去にも似たようなことを申し上げたとは思うのですが、個人的に「なる」メソッドはニュアンスとしてはそもそもなっていた自分を「思い出す」とか「味わう」みたいな感覚のような気がします。

このサイトを訪問される読者の多くは日本人だと思いますが、現実で何が起きたとしても自分が日本人であることを疑ったりはしませんよね(実の父はフランス人だったらとかの難癖は止めてください)。国籍というものはただの概念(もしくはただの書類)に過ぎないはずなのに我々はその認識は崩すことはありません。なぜですか?

そうです、「現実」と自分が日本人であるという「認識」をリンクさせていないからです。させていないと言うか、全く別次元の話で回線すら繋がってないからリンクさせるという発想自体がないわけです。ですから日本人である自分はブレない。これが「なる」の意識の有り様です。現実は無視するものではなく、現実でどんなことが起きようとそれを叶っているという認識とリンクさせない、というかリンクさせる発想がない意識の状態、それが「なる」です。

「いや、そうは言ってもリッチになった自分と銀行口座がスッカラカンな現実は懐事情という同じ次元の話でめちゃくちゃリンクしちゃうじゃん。切り離せねぇよ」とエゴが反論してきます。ええ、わかります。どうしてもリンクさせてしまう場合の対処法としては現実無視という方法がありますね。「現実無視」と「現実とリンクさせない」は似て非なるもので、「現実無視」は一旦現実と認識をリンクさせた上で改めて無視する(断ち切る)ものなので、対処の仕方を間違えると厄介な問題を引き超すことになります。それが「もう一度なろう」トラップです。

例えば「なる」をして日常を送っている際に現実にボコられたとします。そこで現実無視メソッドを発動して現実を無視しにかかりますが、その直後の思考が「なる」を有効化させるための分水嶺となります。ここで行動的な思考を付随させると、つまり「もう一度なろう」という思考を許してしまうと、「何かしようとする」=「何かしないといけない現状がある」=「現状は不足(叶ってない)」という認識の構図を成り立たせてしまうことになります。つまりこの意識の在り方では現実にボコられた時点を起点として「なる」を解除してしまうことになるんです。

つまり一度「なった」後にまた行動を起こそうとすること自体が無効化のスイッチとなり、「叶っていた自分」から「叶っていない自分」にわざわざ戻り、そこからまた「なる」をしてリスタートと、いつまで経っても廃人生ゲームのマスが進みません。ですからその状況に遭遇した時は「思い出す」んです。

「あー、ちょっと現実にボコられちまったぜ…さて、また現実を無視して『なる』をす…じゃない。俺はずっとなってたんだ」と「思い出す」んです。そうすれば現実にボコられていた時点でさえ「なった世界で現実にボコられた」という構図になり、「なる」が寸断されることなくずっとアクティブな状態を保つことができるんです。

思い出して今のこの時点(より以前全てを含む)で既に叶っているという認定をする。現状からどこかに行こう(再びなろう)とすれば今立っている地点(現状)が不足(叶っていない)であると認定することになりますからね。

追加:何だか読み返してみるとすごくテクニカルで方法論的な印象を与えてしまっていますが、もっとアバウトかつ感覚的に捉えて頂ければと思います。

この「思い出す」は何も現実に打ちのめされた時だけではなく、何かエゴがざわつく時があればいつだって「叶っているんだ」と思い出してあげても構いません。それが「味わう」ということにも繋がるんですが、これにつきまして過去に似たようなことをお話したかとは思いつつも、大切なことなので次回(いつとは言っていない)に改めて書いてみたいと思います。

※ちょっと時間がなく急いで上げたため誤字脱字が多発していればすみません。もう一度あとで時間ができた時にチェックし直します。

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