アルファポリス

「自分=世界」

価値判断をしなければ自然と充足は流れ込む!!

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魚ポエムニスト御用達のサイトと言えば「Yahoo! JAPAN」ということはもはや世界の常識ですが、実は「YouTube」にも私は常習者の如く入り浸っております。このダブル「Y」がなければ私の人生が語れない程、〇職生活の二大看板となっているのです。その「ようつべ」の方は時折『東進ハイスクール』のCM集などをお勧め動画に表示して、ちょくちょく私を侮辱してくるのですが、今度もなぜか「THE 虎舞竜」の『ロード~第2章』を視聴していましたら、関連動画として河島英五氏の『酒と泪と男と女』が挙げられていました。「そういやKがよくカラオケで歌っていたっけなぁ…」と学生時代の懐古に耽る余り、思わず動画を開いてしまいました。

私もその世代ではないので、若い方であればなおさらピンと来ないでしょうが、河島氏は関西を拠点にした昭和のミュージシャンで、既に故人であります。「男臭さ」を歌い上げる姿は同性の共感を呼び、死してもなお『時代おくれ』などは多くの人に愛唱されています。その中でも『酒と泪と男と女』は河島氏を全国区へと押し上げた作品で、以下に挿入した動画が私が視聴したものであります。

さすがに名曲と名高い作品とあって、男らしくない私の胸にも伝わるものがあったのですが、なぜか2番の途中辺りから、Vシネの『ミナミの帝王』竹内力が演じる萬田銀次郎の声にしか聞こえなくなってしまいました。この現象は私だけのものでしょうか……。

さて、前回の記事中に「私たちが想像でき得る範囲内での物理的な辻褄合わせを経て内面世界へと現実が重なっていきます」と書いたのですが、これは少し読者の皆さまに制限を与えるかのような表現にもなりかねないので、もう少し正確に記しますと「私たちが予期し得ない展開も含め、物理的な制約の下で内面世界が現実へと重なっていきます」であります。

具体的な例としましては、読者のさんのコメントが最適だったのでここに転載いたします。

ちっとも釣れなくて あー魚が欲しいなと思った瞬間 空から私の肩にドンっと魚が落ちてきました。めっちゃ驚きました!
その時は◯職さんのブログはまだなかったのですが、今から思えばエゴの想像の範疇を超えた叶え方ですよね。

ちなみに、魚がなぜ空から落ちてきたかというと トンビがちょうど私の頭上で魚を落としたのが原因です。

まさか海を泳いでいる魚が空から降ってくるなんて思いもしませんよね。そんな一見、『特命リサーチ200X』で採用されそうな超常現象であっても、天女様が舞い降りてきて魚を恵んでくれたというようなことはなく、結局はトンビが犯人という我々が納得し得るような物理的な説明がついてしまうのです。

それはやはり我々がこの物理空間に生きているという強烈な固定観念(認識)があるためですが、だからといって何かを意図した時に進んでそれに囚われる必要はありません。むしろ、目の前の空間が割けて、そこから魚が飛び出してくるという物理法則も真っ青な可能性にまで視野に入れてもいいくらいなのです(相当な達人であれば物理法則も無視できるらしいです)

叶うまでのルートをエゴ的な見地から想定してしまうと、そこから現実が逸れてしまえば意図(在り方)がブレてしまう恐れがあります(ダメというわけではありません)。ですので、展開される現実に対して良いとか悪いとかの価値判断をせず、ただそこ(理想)に向かっているという認識でもって流れていけばいいのです。

価値判断をしないということはただ意識として在るということです。それはエゴ(個人)視点を脱却した「自分=世界」の在り方となるので、エゴという狭小な認識が堰き止めていた充足が思いもかけない角度から流入してくるのです。

 

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