アルファポリス

俗に言う「認識の変更」編

「自愛」「完璧認定」という「認識の変更」予備軍!

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メーター昨日は失礼いたしました。急用が入ったのにも関わらず、1日1記事という誰に求められたわけでもない、とてつもなくハードルの低い荒行をこなそうとするあまり、中身が薄く方向性の曖昧な記事になってしまいました。これでは当ブログにおいて度々糾弾してきました『はじめの一歩』の作者、森川ジョージ氏の伝家の宝刀「減ページ」を私も拝借してしまったような格好になり、言行不一致という非難は免れ得ません。

 

今後こういった場合、付け焼刃で記事を仕上げるのか、荒行を断念して翌日に投稿を延ばすのか、もう少し検討の余地がありそうです。ただ、1日投稿を休んだところで森川氏のもう一つの十八番「作者取材のため休載」をこれまた踏襲してしまう形になりますので、どう転ぼうと私は森川氏の呪縛から逃れられそうにありません。

ということで前回の記事は焦りのあまり、前々回の流れを受け継ぎつつも、やや軌道が変わってしまったような書き様になってしまったので、少し簡単に振り返りたいと思います。

オッス、オラ、カカロット! スーパーサイヤ人(認識の変更)になったら、毎日が新鮮でオラ、ワクワクすっぞー! でも、それって何も特別なことじゃねーぞー。それはオメエたちもよく経験してることだ。例えば、強いヤツを見かけたら戦いたくてワクワクすっだろ? そん時、そんなワクワクするヤツと出会ったことで現実に対する好感度が上がんねーか? その現実に対する高い好感度(現実肯定)がスーパーサイヤ人の気分なんだ、なあピッコロ! ピッコロはサイヤ人じゃねーか。その好感度を意識しなくても高く自然にキープされている、それがスーパーサイヤ人だ。でもよぉ、オメエらはそれをキープできねぇよな? だって、現実の動きに合わせて戦闘力好感度を上げ下げしてんもんな、そうだろ? でったら、どうすっかって話だ? もうわかるよな? そうだ! 「精神と時の部屋」に入って今からオラと修行だー! オメエたちもスーパーサイヤ人になれんだぞ! ワクワクすっだろ? オラだって、オメエたちが強くなったら戦いたくてワクワクすっぞー!


前々回からのお話しは単に認識の変更後の内面状態とはどういったものか読者の方に断片的に知って(実感して)もらう、いわば外面的なお話しでした。つまり、瞬間的にスーパーサイヤ人の気分(認識の変更後の内面状態)がどんなものか(幸福感から来る現実肯定)を伝えて完結するはずが、前回の記事ではそこからスーパーサイヤ人になるため(現実肯定を維持するため)にはどうするかという話に移ってしまい、まとまりのない話になってしまいました。

しかし、出してしまったものを引っ込めるのも気持ち悪いので、認識の変更の状態になる(現実肯定を維持する)ためにはという話にも触れておきます。ただ厳密には、認識の変更後の日常を体感し続けるにはという意味であり、認識の変更そのものを保証するものではありませんので、ご了承ください。

現実の肯定(評価)とは言ってみれば、自分への肯定なのです。オラが強敵に会ってワクワクした時、そのような嬉しい現実に直面した自分自身をオラが否定することはできません。つまり、その場にいる自分も肯定しているのです。いつもの「自分=世界」です。

逆からのアプローチも然りで、自分がワクワクすれば、それに応じて世界もワクワクする。その世界(自分)に対してのオラの好感度ももちろん高いままで、この好感度の高い状態(現実肯定)を維持していることが、認識の変更後の日常なのです。つまり、自分を肯定し続ければいいわけです。自分を肯定するとは、そうです、「自愛」や「完璧認定」なのです。

自愛や完璧認定をし続けている状態、それが認識の変更後の内面状態なのです。より正確に言えば、認識の変更とはそういった自愛や完璧認定を実践するまでもなく、自然にそのような内面状態にあるということです。

今、「完璧認定」という言葉をさも当然のように使用しましたが、自愛とは違い、完璧認定についてはあまりキーボードで打ち込んだ記憶がありませんので、次回は完璧認定にも言及しながら、もう少し認識の変更との関係性についてお話ししたいと思います。

 

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