アルファポリス

俗に言う「認識の変更」編

幸福感が生むもの

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幸福私、テレビゲームはプレイステーション(PS)2で時代が止まっているのですが、携帯をスマホに変えてからはちょくちょくゲームアプリを落として、少年時代へ回帰しております。良ゲー糞ゲー入り交じる多種多様なゲームアプリの中で、私が寝る間も惜しんで没頭してしまったゲームがあります。それが『グランド・セフト・オート・サンアンドレアス(GTASA)という、世界中でヒットしたテレビゲームをスマホアプリに移植したオープンワールド型のゲームです。

 

ご存じない方に説明いたしますと、オープンワールドとは「舞台となる広大な世界を自由に動き回って探索・攻略できるように設計されたレベルデザイン(Wiki)のことで、GTASAでは主人公である黒人ギャングを操作して、警察署にテ〇を仕掛けては軍隊から追い回されるという国家規模の鬼ごっこも体験できる、従来の非オープンワールドのゲームと比べて非常に自由度と解放感の高いゲーム設定になっています。正にオープンワールドとはプレーヤー(主人公)の行動制限を極力削ぎ落とした、ゲーム業界における認識の変更なのであります。

そして、このゲームにおけるプレーヤーの行動制限が、現実世界で言うところのエゴなのです。自分はこうだから、こういう日常しか展開し得ないという厳格な制限を自分に課し、その制限の枠内で世界をデザインしているのです。ですから、その制限を無効化するために、その根拠(エゴ)が虚構であると看破する必要があるのです。


ただ、看破せずとも私たちは日常でそういった制限を自然に解除している時があります。それは、好きな人に声をかけてもらった時や美味しいものを食べた時など、幸福感により現実を肯定できるような内面状態にある時です。肯定とは、現実は自分に対してポジティブな存在であるという立ち位置であり、現実は自分に幸福を与えてくれるものだと認識しているということであります。それはそのまま、前回にお話しした「認識の変更」後の内面状態でもあります。

しかし、ほとんどの場合、そういった内面状態は一過性のもので、実際に幸福を体験している瞬間やその後のわずかな期間が過ぎてしまえば、現実に対する評価もネガティブなものに後退していきます。

当然、毎日が幸福の連続というわけではありませんので、現実の現象に一喜一憂することになり、現実への評価を乱高下させてしまいます。これがエゴにまみれた日常の典型であり、読者の皆さまも心当たりがおありかと思われます。

では、「現実は自分に幸福を与えてくれるものだという認識」を持続させるためにはどうすればいいのでしょうか?

……続きは次回となります(震え声)

申し訳ございません。急に出かける用事ができましたので、中途半端な問いかけで話を切ってしまいました。誤字脱字も散見されるかも知れませんので、予めイカンのイを表明して、お暇を告げさせて頂きます。

 

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