金と女が降ってきた物語

金と女が降ってきた物語―私が〇職になれた理由〈番外編〉② ~他人の心~

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イエス・ノー連日のキター!!

平昌五輪のスピードスケート500mで、小平奈緒選手が「日本選手団主将はが取れない」というジンクスを見事に打ち破り、五輪レコードで優勝を飾りました。おめでとうございます! しかし、この種目ではラスボス感さえ漂っていた、Theかぼちゃワイン』「エル」(知らない方はヤフってね)のようなフィジカルを持つオランダ女子には、500mという短距離はやや持て余すようで、一人も表彰台に上れなかったようです。

 

それにしても今回の五輪では花形種目であるジャンプ男子陣の影が薄いですね。何だか知らない間にノーマル、ラージヒルとも終了し、誰一人メダル争いに絡むことができませんでした。ラージヒルではレジェンド葛西紀明選手が1回目で予選落ちし、本人の「風の当たり外れがある」とのコメント通り、ノーマルヒルでも追い風に叩かれる不運で、これでは「カミカゼ葛西」ではなく「オイカゼ葛西」ではないかと、みなさんも平昌の気まぐれな風をうらめしく思われたことでしょう。

今日の団体戦では「オイカゼ」を「カミカゼ」に戻して、レジェンドたる大飛躍を期待したいところです。

では、前回の続きに入ります。

社内随一の美女社員が冴えないニート候補生だった私に惹かれていく中で、彼女の内面が私の潜在意識の介入を受けたか否かという判定なのですが、私の解釈では「YES」であり「NO」であります。

「芸能人との付き合い方指南・シーズン2ー⑤」の記事でも書いたように、言うまでもなく、他人の心は見えません。見えないにも関わらず、我々は自分と同様に他人も心を有するものだと信じています。それは、人の営みが思考や感情という「入力」作業を経て、表情や行動という「出力」が導かれるという前提に立っているからです。

しかし、「今」にあれば、他人の「入力」というものはエゴによる推測であり、そこにあるのは全て「出力」だけだとわかります。我々が見聞きできることはあくまでも他人の行動であり声であり、そこにどのような思考や感情が添付されているかという解釈は、言ってみれば無意識にエゴが作り出した幻想みたいなもので、その幻想を認識として現実に投影しているのです。

順序立てて、ロジカルに説明すると返ってわかりにくく映ってしまいそうなので、一言で要約しますと、

「解釈=世界」

です。

このことを踏まえた上で、私と美女との経過を見ていきましょう。

私はずっと美女のことを自分には高嶺の花だと解釈していました。その時は廊下ですれ違っても会釈のみで、どう思い返しても私に気があるようには見えませんでしたが、私が現実ガン無視生活に入って、ある程度、主(内面)従(現実)関係が馴染んできた頃、初めて彼女から挨拶を受けます。

あくまでも後付けですが、これは、私の認識(解釈)が「高嶺の花過ぎて無理すぎワロタw」という抵抗から、「内面で描いたことはそうなるんちゃうん?」という受容に変化したことで、その解釈通りに彼女(世界)の振る舞いが変わったと言えるかと思います。

相手の真意(入力)は見えません(ありません)が、その行動(出力)は解釈によって変えられるということです。

すなわち、恋愛の成就は、対人関係という認識を脱し、あくまでも「自分(解釈)=世界」という前提に立って、ありもしない相手の内面を詮索するのではなく、相手のことを受容できるよう、自分の内側へアプローチしていくことが肝要だと思われます。

「自分=世界(相手)」ですから、自分が変われば、相手が変わるのも必然なのです。

ちなみに昨日、参考として彼女へいつ自分のことが気になり出したかと改めて尋ねようとしたのですが、ナルシストと勘違いされそうなので行動に移せませんでした。ただ、彼女の内面にどの時期にどのような変化があったとしても、それは現在の「出力」から遡っての、潜在意識が見せる単なる辻褄合わせの「入力」にしか過ぎず、そこに何か特別な意味があるわけでもないというのが、冒頭にある「YES」であり「NO」という言葉の真意でございます。

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