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金と女が降ってきた物語

金と女が降ってきた物語―私が〇職になれた理由〈番外編〉⑥ ~願望の根源~

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解放感今回のワールドカップからビデオ・アシスタント・レフェリー制(VAR)が導入されました。VARはゴールの判定やファールの有無など、試合を左右するような重要な局面で、主審がビデオ判定を用いてジャッジするものであります。このVARに関しては選手や関係者の一部から試合の流れを停滞させるなどといった批判も出ていますが、個人的には、選手やサポーターのわだかまりやレフェリーの心的負担を軽減させる意味でも有用で、誤審の防止に努める制度理念はスポーツとしては健全な流れであろうと思います。見る側としましても、ゴールラインテクノロジーを用いたゴール判定などは視覚的にも感興をそそるものがあり、現代の最新技術を垣間見るいい機会でもあります。

しかし、そんなフェアプレー精神と現代テクノロジーに反旗を翻した一人の人物を我々は忘れてはなりません。そうです、あの男です。セネガル日本代表ゴールキーパー、エイジ川島、御年35。

コロンビア戦でフリーキックを直接決められた後、頻りに指を左右に振り、現代科学よりゴール職人・カワシマの感性を信用しろと言わんばかりにノーゴールをアピール。確かに今でも小さな町工場などでは、職人が100分の何ミリ単位で行う製品の研磨作業は機械でもなしえないとは耳にしますが、その業界では匠というポジションから一番遠隔地にあると思われる川島の主張には、100分の1ミリも説得力が伴っていませんでした。

川島よ……たかが〇職の分際にこんなことを言われて悔しくはないのか? 悔しいのなら、手のひら返しで野次馬〇職の手首をブレークさせるくらいのビッグセーブをポーランド戦で見せてくれよ。これはツンデレ〇職の期待の裏返しでもあるのだぞ。先日、最近のお主は外れくじばかりだと罵ったが、もう当たりくじを入れろなんて大きなことは望まん。せめて、爆弾を仕込むのは止めにしてくれないか。

おっと、川島のことになるとつい感情的になり筆が滑り過ぎてしまったようで、ここらあたりで止めて本業に移りたいと思います。

先日、「金と女が降ってきた物語」に書いた私の個人的な体験について、ある読者の方から「内面で『〇職セレブ』になっていた時に資産の金額などをどのぐらい具体的に設定していたのですか?」というご質問を頂きました。そこで改めて、その時のことを追憶してみたところ、少し記事として補足したい部分がありましたので、今回はそれについてお話ししたいと思います。


「〈番外編〉④ ~私の黒歴史~」でも書きましたように、エア情熱大陸などをして一人で戯れてはいましたが、自己の設定としては男版の叶姉妹という具体性に欠けたもので、あえてその時の感覚を数字に置き換えてみますと、不労月収100万円ほどの設定だったように思われます(適当)

と言うのも、私が根源的に求めていたものは「〇職セレブ」というよりは、金銭や時間に縛られない自由なライフスタイルにより得られる「解放感」であり、リーマン生活からの脱却や不労所得といったものは、そのツールとして立ち上っていただけでありました。

ですから思い返してみますと、私が「なる」的なことを実践する上で意識していたのは「解放感」そのもので、もちろんその前提としては不労所得を想定していましたが、現実を含めた今が理想の世界であるならば、自分は今どのような気分で過ごしているだろうかということを常に意識しておりました。ここの部分を過去記事では「思考をねじ込む」と表現していましたが、上記のように「(充足を前提とした)気分をねじ込む」という表現の方が近いような気がしたので、加筆するに至りました。

その「気分」というのは言ってみれば「在り方」みたいなものですが、在り方という表現がいまいちピンと来ないという方もいらっしゃいましたので、今回はあえて「気分」という言葉を使ってみたい気分になりました、テヘッ。

いずれにせよ、願望というものを掘り下げていきますと、我々が希求しているものは物質的な充足ではなく、それをツールとした「幸せ」や「安心感」といった内面(気分)の充足なのです。内面の事象であれば、それは時と環境を選ばず、瞬時に生成(実現)することができます。そして、それ(気分=内面)が本当の今(リアル)なのですから、放って置けば現実が後からディレイ放送をしてくれるのです。

 

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