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アルファポリス

願望実現「ミスター長嶋(感覚)」編

景色(現実)には音(自己)がない!!

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アドバルーンとうとう私の我慢も限界を来し、ラジー賞俳優ドウェイン・ジョンソンのツイッターのフォローを解除いたしました。私が何に我慢をしていたのかと申しますと、そのマッチョな体形に似つかわないツイート&リツイートの多さであります。ツイッターのアプリを開けば、いつからか日本語を押しのけてアルファベットが画面全体を占拠するようになり、たまに添えられた彼の豪快なスキンヘッド画像を目にしては、なぜか妙な怒りを覚えてくるようになりました。現状のままでは彼に対して今後あらぬ憎悪を抱きかねないと危惧し、私は彼との蜜月関係に終止符を打つことを決意いたしました。

それにしてもツイッターを眺めているだけなのに、私の経年劣化したスマホ(i〇hone)ではバッテリーがそこそこ食われてしまうので困っております。バッテリーの残量値が段階を追って1ずつ減っていくのならまだしも、70%から急に30%へとワープしたりするものですから、充電のタイミングが

ゲリラ豪雨並みに読めません

どうやら現在のスマホとも終止符を打たなければならない季節なのかもしれません。

さて、今回も前回の流れを引き継ぎまして「今にある」についてもう少し掘り下げていこうかと思います。

この「今にある」は「今今メソッド」と同義語だと思うのですが、実践してらっしゃる方はいるのでしょうか? 挙手をお願いします。ちなみに当ブログの検索からの流入順位では「今今メソッド」は3位ということで、興味を持たれている方は少なからずいるようです。

今今メソッドについては初期の頃に一度記事にしたのですが、改めて読み返してみますと、そのやり方について「過去や未来に意識を向けず、現実(景色)をありのまま見る」というザックリとした説明のみに終始し、その「ありのまま見る」ためにはどういった方法で現実を眺めるのかというところは書いていませんでした。


基本的にやり方は各々自由なのですが、私の個人的な方法を紹介しますと、ある一点を見つめるというベタなものです。暗い部屋の中で蝋燭に火を灯し、そのゆらめきを見つめるといった瞑想じみたことではなく、屋内でも街中でも手持ち無沙汰な場面で、ビルや看板、人の往来など景色をボーッと眺めてみるのです。

ボーッとしていれば、いつもは景色とセットであった脳内の声(思考)がミュートになっていきます(完全に無音にならなくてもいいです)。当然、街の喧騒はありますが、思考が介在しないということは自己が生まれず、

音(自己)のない景色

になります。そこには世界との分離がなくなり、それそのもの(景色)が自分という在り方になります。これが「自分=世界」です。試しにやって頂ければおわかりになるかと思いますが、むせび泣くような特別な感覚ではなく、ただ心に静かな平穏(別の領域)があるだけです。

これが本来はデフォルトなのです。この在り方は世界が自分なので、こういう風にしようと選択(意図)をすれば、自然にそのように世界は流れていくのです。それなのに、そこにわざわざ自己(個人)という虚構を持ち出し、展開された景色から自己の記憶や観念とを結びつけて、本来は無限の広がりを持つ世界を、個人という狭くて不足まみれの枠に閉じ込めてしまうのです。

「そんなこと言ったって、どうせ私にはわからない……(´Д⊂グスン」

だからその私と言う前提が虚構なんすよ!

あなたの見えている景色にアドバルーンが上がっていて、そこに「あなたは潜在スピ子です」と表記されているのなら私も主張を改めますが、そんなものはないですよね(あったらすみません)あなたが誰であるのかという根拠は景色(現実)にはないのです。くどいようですが、自己とは思考による関連付けなのです。

前提の在り方が自己という囲いの中にあれば、そこから生まれる世界も必然、その囲いの外を出ることはありません。今にあれば、その囲いが虚構であることを知り、世界と一体であったことを思い出せるのです。

 

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