アルファポリス

「今」にある 「自分=世界」

「今」にあれば叶えることはできない!!

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今また1週間ほど空いてしまいましたが、時間がないのでさっそくお便りを紹介しましょう。

ところで、最近特に気になるスピリチュアル用語(?)があるのですが、
それは
「サレンダー」
「自分を明け渡す」
「(宇宙・大いなるもの・世界)に委ねる・お任せする」
というものです。

これらは、人によって内容に多少の違いはありますが、「全てを自分で何とかしようとしない方がうまくいく」という感じのことを言っているのは共通していると思います。

これらは、こちらのブログの『「願望を手放す」ことで得られるもの』という記事と近いのかなとも思いましたが、
「サレンダー、明け渡す、委ねる」の方は、それよりもさらに積極的に、何とかしようとする思いや結果対する執着を放棄し続けるという印象を受けました。

ある意味、願望実現とは真逆に感じられるのですが、最終的に行き着こうとしているところは同じとも感じています。

けれどあまりにアプローチが真逆過ぎるように感じて混乱してしまうことがあります。

まあ程度の差はあれ基本的には全部同じことですね、少しこんがらがってしまうのは「願望実現とは真逆に感じられる」というところですね。エゴ的には実現という言葉を使用せざるを得ないのでしょうが、スピ的には自分の認識がもろ世界とイコール(「自分=世界」)となるので、願望を実現するという捉え方ではダメなんですね。

実現させようとするということは「今」叶っていないからであり、前回も申し上げたように「今」はエゴ的には「未来」でもあります。未来に向けて実現させようでなく、「今」叶ってないと未来永劫そのままとなります(原則論として)

では叶っているとはどういうことかと言えば、願望に対しては叶っているのでそれについて何も考えもしませんし、考えてもいないわけですから当然そこにアクションを起こそうとはしませんね。この在り方がつまり布袋寅泰を想起させるサレンダー(私自身はこのスピ用語はあまり聞いたことがありませんでした)ということなのでしょう。願望に対して何もしない、つまり明け渡しですね。

願望とは言い換えれば不足ですから、願望を手放せば自然それは不足を手放すことになります。不足のない生活は叶っている生活と同じ波動です(波動は適当に使ってます)。「自分=世界」を常に意識すれば、願望を持つと言うことがいかに滑稽な行為か気づけるはずです。

けれどあまりにアプローチが真逆過ぎるように感じて混乱してしまうことがあります。

なぜアプローチをして混乱しているのか、それを当然としてしまっている自分を俯瞰する。願望を保持していなければアプローチも混乱もすることもありませんよね。しれっと願望をぶら下げていた無意識の自分に気付く。そして願望を保持していた自分から見ていた世界を顧みる。すると見事に叶っていない世界が投影されていたはずです(これは観音メソッドでした)。それが「自分=世界」であり「今」を意識するということです。

「今」とは「今」の連続です。「今」願望持ってちゃいつ叶えるのかって話です。何度も繰り返しますが「今」はエゴでいう未来も含有しているのです(本来は未来もくそもなく「今」だけ)。叶えるという言葉は「今」から未来に対する行為ですから、それはいつまでも経っても叶いません。ぶら下げた人参のようにエゴでいう未来の「今」が来た時も、まだ叶えると鼻息を荒くしているだけになります。つまり「今」は絶対に叶えられないのです「今」叶っているか叶っていないか、ただその状態(在り方)を選択するだけなんです。

とりあえず筆の勢いに任せて書いたため、ほぼ質問の趣旨からもズレ、構成も無理やり感がありますが、考えて書くよりも直感で書いた方が伝わるかもしれないと自分に言い聞かせて消えます。

 

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