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「本質」と「本質へ向かうため」について

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スピの本質から言えば何か現実を変えたいと思えば、変えようとしちゃいけないんですよね。それは変えなければいけないという現実という認識(前提=世界に対するレッテル)であるという証左で、その認識がそのまま世界に投影されるからです。つまり何かしようという作為がそもそもスピと相容れないわけです。

ただそうは言っても、俗世に生きていた我々からすると余りに今までの認識がひっくり返るような仕組みなので、エゴちゃんが認識主導で世界が動いているとは思えないんです。スピの「本質」について「はい、そうですか」とすんなりと受け入れることができないんです。まあ、すんなり受容できる人は中にはいるでしょうけど、そんな人は基本的に何か大切なものが欠けている人です、たぶん。そんな人、すいません。

だからエゴをスピ界に慣らすために「本質に向かうため」のメソッドという作為があるわけなんです。もちろん慣らすだけではなく、これで願望を叶えている人は沢山います。私も作為で押し切った方です。

これはアファメーションとかそんな類のメソッドなどですが、私のブログは「本質」について書いている記事と、「本質に向かうため」の記事があり、当然その2つの記事では相反する内容となっているわけです。

つまり「本質」の記事では何かするのは誤りだと書いていて、「本質へ向かうため」の記事ではメソッドをガンガンやれと書いているわけです。廃人の方は理解されていると思いますが、ビギナーの方は混乱される可能性があるので一応、書いておきます。

で、ビギナーの方はもちろん先にメソッドをやった方が無難かなと思います。実体験や掲示板などを貪ってきた経験から、使命感を持つな、何もしなくていいと言われて、それを実行できる人はほぼいないと私のエゴは思うからです。

メソッドで試行錯誤をしながらとりあえずこの世界に浸かってみて、そのまま願望をすんなり叶えちゃう人もいれば、そうじゃない人でもその作為によって不足を生成していることに気付き、まさしくこれがそのまま現実になってんじゃんと気づきが起きて、頭が少しずつ柔らかくなるからです。

ある程度そうした認識が深まった後で自分=世界を意識すると、作為を止めていくという道筋が見えやすくなるわけです。当然、無作為へ向かう段階でも今にあったり、思考を止めようとするスイッチの作為だけはもちろん残るように、「本質」と「本質へ向かうため」の境界も曖昧で、自愛なんかはエゴからのそれこそ作為ですが、自愛中のあり方は「本質」そのものです。

ですので、各々の記事で切り込む視点によって矛盾があったりするので、あまり考え込むことなく、しっくりこなきゃスルーで、しっくりくる記事だけ軽く心に留めておいてください。

で、最近はとにかく願望を一旦を端に置いておく方が一番ベターなのかと思ったりもするので、それについてはまた次回に気が向けば書きたいと思います。

 

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