アルファポリス

「自分=世界」 俗に言う「認識の変更」編

鏡の中の私のプチ「認識の変更」体験!!

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とうとう最近では、コメント欄の返答にすら億劫になってきましたフ〇ミコ〇王子ですが、返答せずとも一通り目は通しているつもりでございます。はじめましての方には礼節としてしっかりとはじめましてで返すつもりですが、リピーターの方に関しては明らかにハードな方向に驀進していそうな方以外には、基本的は返したり返さなかったりであります。故に返さない場合は私も異議なしだということでご理解して頂ければと思います。まあ、皆さんの行いはそれぞれの世界(認識)では全て正解ですので、そもそも私が口を挟めるようなことは何もありませんが。また「?」マークのあるコメントに関しても、これからは必ず返すということはありませんが、ただなるべくそれらを記事には反映させていくつもりでございます。

さて、今回は前回の流れを少し引き継ぎまして、私の俗に言う認識の変更的なプチ気付き体験をお話ししたいと思います(過去の記事では確か触れていなかったと思います。触れていましたらすみません)。ただ、先にお断りをしておきますが、これはリーマンを辞めてからの出来事ですので願望実現と直結しているわけではなく、加えて大した話でもないため、いつもよりも流し読み推奨でございます。

よくオカルトか何かのお話しで鏡に映った自分に「あなたは誰?」と問いかけ続けると、精神が錯乱するなんてことを聞いたりもしますが、確かに鏡とは自分や世界を客観視するには有用な道具の一つかも知れません。つまり、私も鏡を見てハッと気づくことがあったからです。

歯磨きかヘアセットかは忘れましたが、ある日、洗面台の前に立った時のことであります。当然に鏡の中には自分が映っているわけですが、ふと鏡の景色を見て、そこには思考や感情が映っていないということに気が付いたのです。ニコニコ動画の記事でもそれらしいことは書いたのですが、自分の思考や感情が鏡の中ではテロップとして流れてこなかったのです。まあ、当然と言えば当然すぎる気付きではあります。

鏡とはただ現実のありようをそのまま映しているだけでありますので、その時にハッと私は気付いたと言いますか体感でもって知ったわけです(知識では知っていましたから)。現実にもそもそもテロップ(思考や感情という実体)なんてものはなくて、ただ自分と思っている肉体や他人や景色があるだけじゃないかと。鏡に映っている何だか無機的な世界が、実はそれがそのまま世界の本質だったと。


そうすると不思議と鏡の中に映っている自分が自分ではなく他人のような感覚になり、もちろん鏡から離れても何だか自己という認識が薄く、世界と溶け合っているような感覚になったのです。

リーマンを脱却するために実践していた独自メソッドで本来の主(内面)従(現実)関係は頭では確立していましたが、はじめて意識の在り方がそのまま世界になっていることを体で理解したような、少し達人の言っていることが掴めたような気がしました。

ただ先にも申し上げたように、これは不労所得が入って以降のお話なので、体感したから願いが叶ったとかいう類のものではありません。何やら体感でもって「自分=世界」を理解できたという、それだけのお話しです。それからまた自分で色々な気付きを重ねながら、ブログを始め、今に至っているということです。

 

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