アルファポリス

「自分=世界」 なる 未分類

「現実」-「思考」=「今」すなわち、「今」+「思考」=「現実」

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もう私は普段はあまりスピリチュアルとかを意識せずに生きていますので、しばらくぶりにブログを書くとなると逆に改まってスピ業界に舞い戻ってきた気分になるのですが、そもそも舞い戻るも何も、意識しようがしまいが、「自分=世界」というルールの中で皆生きているわけですから、そこから離れることなんてできないんですよね。

「自分=世界」とはつまり「今」です。ジャスト、ナウです。ですから、誰もがこの「今」だけを生きており、誰もそこからは逃げられないのです。

本来「今」というものは真っ白なキャンバスみたいなものです。算数で表すと、「現実」から「思考」を引いたものが「今」です。逆に「今」に「思考」を足せば「現実」です。

で、この「思考」は自由に選べます。「今」選んだ「思考」が「現実」になります。厳密に言えば思考というか在り方ですが、この辺のことは散々言ってるのでスルーします。

で、この思考って当然、目には見えません。目で見えないのに、なぜか私たちはそれが自分の肉体の中に納まっていると思い込んでいます。まあ、物心ついた時からの慣性の法則みたいなものですから、仕方ありません。

例えば「なる」というメソッドがありますが、スーパーマンになったとすると、その「なる」が自分の肉体のみに適用されたと思い込んで、「なっていない」景色(=現実)の中で「なった自分」を我慢強く貫かなくてはならないと勘違いしてしまいます。


そうじゃないんです。思考は肉体の内側にあるものではなく、肉体や見えている景色全てと溶け合っているものなのです(私の感覚的に)

ですから「なれ」ば、それは自分という個人(=肉体)だけではなく、それは当然景色にも適用されているわけです。つまり、現実に何が起こってもそれはなった世界なのです。これを逆の角度から捉えたものが完璧認定です。

この何が起こってもなった(叶った)世界ということを深く洞察していけば、「あー、なれてなかったわ」という思考すらも、それはなった世界のことです。

そこで「あー、なれてなかった」と止めちゃうと「あー、なれてなかった世界」に「なり」ますが、それもなった世界の出来事と処理してしまえば叶った世界のままです。その都度、もうなっているんだと思い出せばいいだけです。

思い出すということはそれが前提であるということの意識づけですから、在り方はぶれません。………ふむ、ここまで書いてきて、この「思い出す」ってヤツも、過去に書いた記憶が湧いてきました。トホホ……。

すいません、久しぶりに投稿した割に既視感バリバリな記事になっていしまいました。

 

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